


大手電鉄会社の全線を走るすべての列車を追跡する“運輸司令システム”を刷新をすることになり、1993年にスタートしたプロジェクト。入社4年目の私は上司に呼ばれ、プロジェクトリーダーを任命されました。 「フォローするから経験を積みなさい」と言われ、ドキドキしながら膝を交えての顧客折衝を行ない、複数名の後輩をまとめ業務にあたったことを今でもよく覚えています。
プロジェクトがスタートしていちばん驚いたのは、判断事項の多さでした。顧客の業務効率化・省力化、そしてシステムの使い勝手のよさ。それらを時代に合った最高の形で実現するシステム構築をマネジメントしていくのは、まさに決断の連続。それまで一メンバーとして開発に携わっていた私がいかに目の前の仕事だけに没頭していたかを実感しました。京三システムのエンジニアの多くがそうであるように、私も20代前半でプロジェクトリーダーを任されたことで、早い時期にシステム全体を見渡しながらユーザー視点で仕事をしていくスタイルを身につけることができました。もちろんこの仕事が私のキャリアの節目になったことはいうまでもありません。

私が京三システムを選んだのは、一生続けていきたい「モノ作りができる会社」であり、「大好きな地元で働ける会社」だったからです。しかも今後ますます発展していくであろうIT化の時代を支える仕事ができる。こうした条件で企業選びをし、京三システムと相思相愛になったというわけです。
そして私たちが行なう開発は、鉄道という公共インフラの下支えをするもの。使命感を持って仕事に打ち込んでいますし、システムの役割を理解すればするほど社会性が強く、誇れる仕事だと日々強く感じています。
私はバイクや車が好きで、休みの日にそれらを運転するだけでなく整備したり修理したりしています。そう、仕事もオフも関係なく、いつも気付くとモノ作りに夢中な自分がいるんですね(笑)。
そんな私ですから、40代に突入した今も新しい分野、新しい技術の仕事に取り組める環境にいられることに幸せを感じています。ハードウェアの精度とソフトウェアの開発環境が5年目安で劇的に変化していくこの世界。モノ作りを続けたいと思う限り、常にエキサイティングな仕事に浸ることができます。
システム開発の仕事は、一度経験した実務を次のプロジェクトに生かし、技術やノウハウの積み重ねによって着実にステップアップできる面白さがあります。うまくいかなかったことが次の仕事ではできるようになっている。
そこには自分の成長を自分自身がいちばん実感でき、できることが増えていく醍醐味を感じる喜びがあります。そのため私は、若手エンジニアになるべくレベルの高いチャレンジしがいのある仕事を任せたいと考えています。結果トラブルなどが起きたら調整役として私がサポートする。

だから将来を担う若手エンジニアには、伸び伸びと新しい仕事にトライして欲しいのです。システム開発の仕事は、実践に携わった量と実力アップの幅が比例するフェアーな世界です。私は役職がついた今でも、マネジメントを行なうだけでなく顧客折衝、設計、試験、現地確認など忙しく飛び回っていますが、それができる業務環境に感謝さえしています。生涯モノ作りを感じていられるし、生涯レベルアップに励むソフトウェア技術者であり続けられる。京三システムを選ぶ理由はそんなところにもあるのかもしれません。
